| 2007/12/9 |
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今年最後の買い付け、またその品々の着荷が済みまして、少しずつご紹介しているところです。
まだ全ての荷解きを終えていない段階で、僕も全ての品を見れていないような
状況ですが、ここまでは非常にいい感じと言える内容だと思っています。
日程を前倒したためか、総量がいつもより20〜30%少ないのですが、内容は
いつも通り、我々らしい品々が集まっているな、という感触です。
来年の2月あたりまでは、現行製品の新作の入荷はありませんので、
そこまではヨーロッパ古着全開でいきたいと思いますので宜しくお願い致します。
きっと店舗もオンラインショップも楽しい感じになると思います。
僕も次にどんなモノが出てくるか楽しみなので、良いテンションで作業ができていますから、きっとそんな僕らの楽しさもなんとなく伝わっていくと思っています。
FUZZとしては、基本的な姿勢が、むやみにテンションを上げない、テンションが
上がってもそれを周りに押し付けない、できるだけ、スマートに、スマートに、
ということなので、『なんとなく伝わる』 というかたちがベターであろう、
と思います。
感じ取って下さいね(笑)。
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そんなこんなで、ヨーロッパ古着を一生懸命ご紹介しているわけですが、
同時にその2月あたりのタイミングで始まる現行製品たちの仕込みと言いますか、
準備も並行して励んでおりました。
その準備も概ね終わり、ようやく “今” に熱中できる状態になりました。
予定では、来春、フランスやイタリアのブランドの扱いが新たに始まったりします。
アメリカのブランドもピンポイント攻撃で用意しています。
夏には “GRAB IN HOLLYWOOD” の新型もご紹介できそうですし、
サンダルなんかもちらほらとあるはずです。
展示会に行って、「うわぁ、これいいなぁ、、」 という感触をたくさん感じてきたので、
来春夏の現行製品には、けっこう自信があるんです。
皆様のセンスに何かしらひっかかるものが出てくると思いますから。
頭のものすごい片隅に置いておいて下さいね。
また後日同じようなこと言うと思いますけど。。
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そうこう慌しくしているうちに、スルリスルリと時間が経っていって、
クリスマスが過ぎ、年末が過ぎ、新しい年を迎えてしまうというイメージが
かなり鮮明に頭に浮かびます。
そういう人は意外と多いんじゃないかと思います。
そんな人にまず言いたいのは、
『今年一年頑張った自分へのご褒美を忘れないで!』
ということです。
僕も毎年、12月に必ず何かしら、あまり日常的でないモノを買ったり、
コトをしたりして、一年間頑張った自分をねぎらっています。
ライブに行くとか、旅行に行くとか、ちょっと贅沢なインテリアを買うとか、
しています。
そうすると後になって、その年のことをあまり忘れないで済むという良いことも
あるんです。
「あの年の暮れには○○のライブに行ったな〜。そういえばその年はあいつが
結婚した年だったな〜」
「この棚は確かあの年の暮れに買ったんだな〜。あの年はやたら忙しくて
やたら景気が良かったな〜」
とか。
忙しい現代人、キャッチしなくてはならない情報も膨大ですから、
いろんなことを知ろうとし過ぎて、いろんなことを忘れていくという側面が
あるようにも感じます。
心に刻み込むために、いろいろ工夫する必要性を感じてしまいますよね。
話が逸れましたが、そういう問題があるなしに関わらず、
自分へのご褒美は大事です。来年への活力、という意味でも。
そのご褒美を是非FUZZで、なんて言いませんよ(笑)、さすがに(笑)。
そういう年末のご褒美が
『新車レベル』 くらいになれるよう、
これ恒常的に頑張って行きましょう!
インフルエンザだけには充分気をつけて、忘年会シーズンを元気に乗り切って下さいね。
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ー The Story of “adidas”. Vol. 13 ー |
さて、ストラッサーとムーアの提案を全面的に受け入れることを決定したアディダスは、彼らに大きな権限を与え、改革を進める方向に向かいます。
ストラッサーは社内の組織を徹底的に解体し、部門単位の事業体を導入して組織の強化の徹底を図ります。
苛烈に働く彼を見て、当時のアディダス社員はこう言いました。
「彼は働くことを存分に楽しんでいた。それを仕事とは思っていなかったんだ。21世紀を迎える準備をアディダスにさせるんだと頑張っていたよ。」
「我々は彼と一緒に一日中働き、終われば晩くまで食事に付き合わなければならなかったんだ。そんなわけで平日は朝の7時から仕事を始め、夜の12時に帰宅するというのが普通だった。仮にそうしたスケジュールが破られるのを期待しても、ストラッサーは週末に会議をするのも好きたっだんだよ。時には非情な敵意を示したり、けんか腰になることもあった。特に彼のことを理解していないとそうなるんだ。あれほど強烈な個性の持ち主と仕事をしたことは後にも先にもないと思う。」
「彼はすさまじい摩擦を引き起こした。激しい口論をするのを好み、自分が負けているとなれば、話をめちゃくちゃにするんだ。だからまあ、少なくとも議論が後戻りすることはなかったね。直属の部下達は、みんなストラッサーの分身と化していたが、彼らにも同じようになることをそそのかしていたっけ。」
要するに、ストラッサーはイケイケタイプ。パワーで仕事を推し進めるようなタイプだったようですね。
特に組織が方向性を見失った時などは、その方向が良いのか悪いのかを問題にするよりも、まずはエネルギーを高めてどこかに進んでいくことが大切になったりもするものです。
そういう意味で、ストラッサーのようなアクティブな現場リーダーが、この時期のアディダスには必要だったのだな、という感じがします。 |
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縦割りの事業体づくりは進められ、それぞれの事業体に、これまでの社内には無かった強い責任感と独立意識が芽生えはじめます。
そうなってくると当然、事業体間での摩擦などの問題が生じますから、その問題を解決するためのまとめ役、調整部門の事業体が生まれたりと、次々とアディダスの組織体系は変貌していくのです。
この時、売却先が見つからないような状況でしたが、社内ではハードの面での改革が着々と進められていたのです。 |
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一方、ピーター・ムーアが新しいロゴマークをデザインしたわけですが、そのあたりについても新たな展開を見せ始めます。
『エキップメント』 の展開が進むにつれて、新たな三角形のロゴマークの認知度も高まり、アディダス全体のメインロゴはどちらなのだという議論に発展していくことになったのです。
三角形のスリーバー派と従来のトレフォイル派に分かれ、社としてはきわめて重大な問題となっていくわけです。
スポーツ界では世界的シンボルとまで言えるトレフォイルマークの認知度は全世界で高く、アディがつくりあげたアディダスの象徴でもあります。
しかし現状の悲惨な状況を招いた象徴でもあるのはまぎれもない事実であるわけで、新しく生まれ変わろうとするならば、これを捨てるという考え方も、もちろんありうる話なのです。
結果的には、この議論の最中に就任したルイス・ドレイファスの決定で、
『両方残す』 ことになったのです。
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トレフォイルマークが残されることになった最大の要因は、リバイバルシリーズとして展開が始まっていた 『アディダス・オリジナルス』
が徐々に売り上げを伸ばしてきたからに他なりません。
オリジナルスの静かなブームは、低迷を続けていた当時のアディダスにおいて唯一の、そして久しぶりに味わう成功の事例でした。
このオリジナルスの成功がなかったら、今頃はアディダスからトレフォイルマークが一切無くなっていた可能性もあったかもしれません。
なにはともあれ、スリーバー・トレフォイル論争は、名誉ある引き分けというかたちにおさまりました。
そして、アディダスは一つのブランドにロゴが二つある珍しいブランドということになったわけです。
アディダスのある社員はこう語っていたそうです。
「ロゴ以前に、アディダスには大きな二つの要素がある。一つはアディダスというブランド名で、もう一つはスリーストライプ。この二つの要素はスポーツ界において、長年強いメッセージであり続けている。だから、二つのロゴを持つというのは、それほど問題ではないのだ」
ロゴよりも大きなアイデンティティを持っているのだから、ロゴに依存することはなく、柔軟な考え方を受け入れる体質があったというわけですね。 |
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―― 次回に続きます。 |
| ※この文は 『アディダス 進化するスリーストライプ』(コンラッド・ブランナー著/ソフトバンククリエイティブ)
の内容に則しています。 |
| 2007/11/6 |
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日本シリーズが終わりました。
最後の最後にトピックを提供して、中日の優勝で幕を閉じました。
続投か、継投か。
完全試合を狙わせるのか、いつも通り、最も勝ちに近づく作戦をとるべきなのか。
落合監督は後者をとり、賛否両論でしたが、僕は支持したいです。
ですが、日本シリーズを楽しみに観ていたという観点からは、続投させてほしかったというのが本音です。
完全試合が観たかった! というのではなく、逆で。
完全試合を目前にして、日ハムにひっくり返してほしかった!
逆のドラマが観たかった!
仮にそうなっていたら、元気のなかったファイターズが息を吹き返し、シリーズ自体が100倍〜200倍くらい盛り上がったことでしょう。
正直に言うと、僕はロッテのファンなので、どちらに勝ってほしいというのは無くて、ひたすらに熱戦が観たかったのです。
そういう意味では、いいプレーは多かったですが、ゲーム中の逆転シーンが少なかったという意味で、いまひとつの日本シリーズだったなぁと。
日本シリーズは当該チームのファン以外の人間も熱狂させる魅力があるだけに、残念です。
でも、終わってから議論できるようなネタを提供してくれるのって、ナイスだな〜とは感じましたです、ハイ。
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11月に入った途端に、少し、年末とかを意識し始めますよね。
今年もあと2ヶ月か〜、と。
年末年始の休みは何しようか〜、と。
10月、11月は、平穏ですから。
学校も会社もすごくレギュラーな感じがしますからねぇ。
レギュラーな時期は、本を読み、映画を観て、買い物をして、部屋でゴロゴロして、たまには演劇でも観て、習い事なんかもアリで、そんなことが安心してできる時期でもあります。
社会人の皆様は年末や年度末は、お仕事が忙しくなる業界が多いですし、大型連休は親戚だったり友達だったりと集まったりしなきゃいけないとか、彼女や奥さんをどこかに連れて行かなくてはいけないとか。
学生の皆様は学期末の試験シーズンやサークルや部活動なんかのイベントシーズンなどがありますし、意外とレギュラーな時期というのも貴重な期間ですよね?
だから何だって?
いや、何でもないんです。
どうのこうで、最後に 『なのでFUZZに来て下さいね』 っていうところに着地しようとしてできなかった、どうというものでもない文章です。
それにしても、お勤めの皆様は、実際には年末より先に、ボーナスを意識する感じですよね?
ボーナスをもらった後の計算ばかりしていると、それまでが我慢の時間になってしまいますからお気をつけ下さいね(笑)。
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ー The Story of “adidas”. Vol. 12 ー |
ロバート・ルイス・ドレイファスが新しいCEOとして就任し、アディダスは徐々に勢いを取り戻していくのですが、お話をルイス・ドレイファス就任の少し前に戻します。
ルイス・ドレイファスが指揮を執りはじめる数年前から、アディダス社内では、いくつかの試みが為されていました。
会社の買い手がいない状態でも会社は運転されていけません。
現場で働く社員達は、良い仕事をして、少しでも会社を再建させようという意識を持ち続けて働いているわけですからね。
落ち込んでいった売上を取り戻すために新たなプロジェクトを発足し、結果的には成果を上げることに成功したのですが、その中心となった人物というのが、なんと、元ナイキの社員であった二人の人物だったのです。 |
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ロブ・ストラッサーとピーター・ムーア。
マーケティングの先見者であるストッラッサーと、デザインを担当するムーア、何と言ってもこの二人は、あの “エア・ジョーダン”
の仕掛け人ということで有名です。
1984年にまだ若手の部類、『次世代のスター』 といった位置のマイケル・ジョーダンと250万ドルで契約をしたのですが、当時、これは常軌を逸した額だと思われてました。しかし、その後証明されたように、まさにナイキにとってこれは歴史的契約であり、どれほどの金額でも高いとは言えないというくらいの価値あるものとなったのは誰の目にも明らかでしょう。
なんとなんと、契約前のジョーダン本人は、アディダスを最も “クール” だと考えていたらしいです。
ここでも当時のアディダスのお粗末な面が垣間見れます。
ナイキを含めて数社がジョーダンとの契約を望む中、一番有利な立場にいたにも関わらず、ですよ。
結局、膨大な契約金に加え、何よりもストラッサーのすぐれたプランに心を惹かれたジョーダンはナイキを選び、ジョーダンにとっても、ナイキにとっても、まったくハッピーでクールな契約となったのでした。
ストラッサーとムーアは、ブランドの中にブランドをつくるという発想で、製品のデザイン、マーケティング共に完璧な仕事ぶりをみせ、アメリカ全土で入手困難になるほどの商品をつくり出したのです。
ラリー・バード、ジャバー、マジック・ジョンソン、選手としてジョーダンにも劣らないビッグスターですが、そのシグネチャーモデルのシューズをとってみると、“エア・ジョーダン”
の競争相手になるようなものはありません。
選手のカリスマ性、支持層の把握、そしてそのターゲット層の好むデザイン、さらに高効率の物流や効果的な宣伝・広告、これらの要素の総合体が、その商品の成否を左右するわけで、プレイヤー自体の知名度や人気だけが商品の成功につながるわけではないことが解かると思います。
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そんなストラッサーとムーアがアディダス再建のプロジェクトに関わることになりました。
ナイキ時代には大きな目標として、そして憎き商売敵として、 常に気にかけていたアディダスのために力を発揮しようとすることになったのです。
“エア・ジョーダン” での成功が大きすぎたために起こった、社長フィル・ナイトとの軋轢によって退社したストラッサーにとっては、これは大きなモチベーションをもって取り組めるプロジェクトであったのに対し、ムーアはさほど乗り気ではありませんでした。
それは当時のアディダスの風評を気にかけたもので、頑固で保守的でドイツ色が強すぎる会社で・・・などいった、そこで一緒に仕事をするとなると、ちょっとためらわれるというような噂が気になったわけです。
しかし実際ヘルツォーゲンアウラッハのアディダス本社を訪れ、 古くからの幹部からアディ・ダスラーと一緒に働いていた頃の話に耳を傾け、アディダス博物館を見学しているうちに、二人はすっかりとアディ・ダスラーの情熱から端を発したアディダスの伝統に心を奪われたのでした。
「アディ・ダスラーという男は、私がやりがいを感じている大切なことに身を捧げていたのだと確信して熱くなったよ。それは自分のつくった靴によって選手達のパフォーマンスをより良くしていくことなんだ」
とはムーアの弁。
同じ靴のデザイナーとして、アディの偉大さを理解し、猛烈にリスペクトしてしまったということですね。 |
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こうして二人は、低迷を続けるアディダスに力を与えるべく、アディダス復権の企画案づくりに取り掛かります。
1989年11月、ストラッサーとムーアは、アディダスのシューズ部門の幹部の前でプレゼンテーションを行いました。
二人が提案したのは、ブランドのルーツに立ち返った新たなビジョンでした。
アディダスの原点である、運動性能にこだわった純粋なスポーツブランドに立ち返ることが必要だと説いたのです。
“アディダス・エキップメント” というサブブランドを構築して育て、最終的にはそれを会社全体を運営するためのモデルにしていくというアイデアでした。
エキップメントの理念は、アディ・ダスラーが本来目指していたことの復活。余計な飾りを省いて、性能、品質、機能の三点だけにこだわった、アスリートのためのシューズづくりをする、ということです。
そしてそれをどのように管理し、どのように市場に出していくかについては、単にデザインだけでなく、サッカー部門や陸上部門などの専門の事業体を組織し、各部門が責任をもって、製品を消費者のニーズに近づけるというかたちをつくるのがベストであるということです。
ストラッサーは、この頃のアディダス製品は、アスリートとの間にアディの時代では想像もできなかったような大きな隔たりができていると感じていたのです。
当時のアディダスは完全に製品任せのオペレーションであり、“靴のやつら(デザイナー)” が靴を作ったら、“マーケティングのやつら”
にそれを渡して売ってもらうといったやり方だったのです。
各事業体は、製品それぞれのコンセプトや開発・商品化のプロセス全てを掌握するために活発な働きをしなければならないと説いたのです。 |
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二人の行ったプレゼンで最も衝撃的だった提案が、会社の全く違うイメージを広めるもの、つまり新しいアディダスロゴでした。
世界的に知られたトレフォイルマークを、まったく新しいロゴマーク、3本のストライプでできた三角形に変えるという提案です。
この力強いロゴは、アディダスが真のスポーツブランドとして原点に帰り、そして新たに生まれ変わるということを世界に伝えるものというコンセプトです。
ストラッサーとムーアによる、これら一連の 『エキップメント』 の提案は、アディダス幹部に非常に魅力的に映りました。
わらにもすがりたい当時のアディダス幹部は、このコンセプトに飛びついたのです。
『それこそわれわれのアディダスだ』
『それが真のアディダスだ』
プレゼンを聞きながら、アディダスの幹部達はこうつぶやいたのでした。 |
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―― 次回に続きます。 |
| ※この文は 『アディダス 進化するスリーストライプ』(コンラッド・ブランナー著/ソフトバンククリエイティブ)
の内容に則しています。 |
| 2007/10/26 |
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亀田問題でボクシング界は揺れ、朝青龍問題で相撲界も揺れに揺れ、サブプライム問題は経済界を大きく揺るがし、年金やらなんやかんやの問題で政界も荒れに荒れている今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
僕は風邪をひいて、ようやく治ったなぁというところです。
世の中で何が起ころうと、重度の風邪をひいた日には何も関係なくなるものです。
ひたすらに目の前のやらなくてはならないことだけをこなし、 できるだけ眠る時間を確保するのに精一杯。
ようやくの週に一度のお休みの日も、丸一日布団で寝て過ごし、やっと本調子と言えるくらいに回復できたので一安心です。
風邪を癒すために必死で身体を休める時間を作ることで、たまっていた疲労もきれいさっぱりなくなって、何だか身体がリセットされたみたいです。
風邪をひくことにはそういう意味があるようですね。
休ませろという、身体からのサインであるなら仕方ないですから。
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“ingenium”
のアンクルブーツが非常に好評です。
FUZZでは、クオリティとデザインのわりにはかなりのお値ごろ感がある、と判断したのですが、皆様も同じように感じていただけたようですね。
あとは単純に “かたち” の良さ。
フィッティングしてもらった後に良さが分かるポイントなのですが、履いてみるとしっくりくるバランスの良さを感じていただけます。
革靴、ブーツは、いろいろなブランド、いろいろな種類がありますが、おおよそ同じように見えるものでも、本当にそれぞれに違いがあります。
それぞれに小さなクセがあって、履いてみるとその小さなクセ (足入れ感、フォルム、装飾、レザーの質感や光り具合など
) が自分に合うものか、そうでないのかが感覚的に分かります。
多くの靴を実際に履き、その小さな違いを感じてみて、いろいろと考えてみるのは
革靴選びの醍醐味でもあるわけですから、お買い物に出た時には、どんどん試着してみましょう。
とても楽しいですよ。
完売したブラックとブラウンは再発注を済ませていますが、もう少し時間がかかりそうです。11月末から12月初旬くらいのタイミングになりそうとのことです。
それから、スペインの “Desigual”
のM-65タイプのジャケットも思っていた以上の反響でした。
入荷数がそれほど多くはないとはいえ、販売初日にSサイズが売り切れてしまうほどで、驚いてしまいました。
“Desigual” はアートをふんだんに取り入れたプロダクトが多く、それなりにお値段の張るブランドなのですが、このジャケットだけは
『アート量』 が少ないからか、やけに割安感のある価格に落ち着いています。
ピンポイントの狙い撃ちでの取り扱いという感じですが、今後もこういったピンポイント攻撃の、おトク感の感じられるラインも強化できたらいいなと思っています。
各ブランドからリリースされる製品のクオリティと価格の関係を充分に吟味することは、お店としてはとっても大切なことだと思っていますし、それを徹底しているからこそ
“掘り出しモノ” が見つけられるということですから。
でも、ファッション的な視点からだけでなく見てみても、掘り出しモノって世の中に
そうそうないですよね〜。
いろいろな意味で社会全般が成熟しすぎているせいでしょう、ほとんどのものが適正と思える範囲に収まっているんですよね。
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ー The Story of “adidas”. Vol. 11 ー |
ロバート・ルイス・ドレイファス、それがアディダスの窮地を救った本当の救世主と言われる人物です。
ドレイファスは欧米を股にかけて活躍する本物の実業家です。
ドレイファス家はフランスの家系で、本家はルイス・ドレイファス・アンド・カンパニーという財閥でした。
ルイス・ドレイファスはこの同族会社で7年間働きますが、自立を目指して退社、その後、アメリカの市場調査会社のCEOとして職を得ることになります。
そして身を粉にして働き、数年後にはこの調査会社を大きな価値を持つ会社に成長させ、めでたく大きな利益を得られる条件で売却するのです。
そしてその後、ロンドンを拠点とする広告代理店、サーチ・アンド・サーチの指揮を執り、経営不振を続けていた同社を蘇らせます。
こういったルイス・ドレイファスの手腕は、『経営再建の名人』 という認識で世間から高い評価を受けるようになったのです。 |
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アディダスとルイス・ドレイファスをつなぎ合せた人物がいます。
クレディ・リヨネはルービンの撤退後、改めて企業や投資家、財界人などにアディダス売却の打診をこころみましたが、その中の一人に、フランス人の投資家、クリスチャン・トゥーレという人物がいました。
このトゥーレという人物は、ルイス・ドレイファスのアメリカ調査会社時代の同僚にして親友であり、クレディ・リヨネからこの案件の打診を受けた際に、「ルイス・ドレイファスと一緒でなければダメだ」
という条件を出したのです。
トゥーレからの誘いを受けるかたちで、ルイス・ドレイファスはアディダス買収という案件に登場してくるわけです。 |
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ルイス・ドレイファスとトゥーレは、基本的に 「この取引を強く望んでいるのは私達よりもあなた方だ」 という姿勢で、
銀行がまるで慈善とでもいうような申し出をしてくるのを待ってから買収を承諾し、信じられないような有利な条件をのませながら交渉を進めていきます。
結果的に、二人にとって非常に有利な条件で買収の契約を締結し、とうとうアディダスの新しいオーナーが誕生したのでした。
こうして財務の人間であるルイス・ドレイファスとトゥーレが、スポーツシューズ・ウェアの伝統企業の再建を手がけることになったのですが、ルイス・ドレイファスが舵取り役になり、息つく暇もなく改革に取り組みはじめるのです。 |
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ルイス・ドレイファスは直ちに社風の改善に取り掛かります。
手始めに、社内の重役のオフィスが集まる5階のセキュリティシステムを取り外し、上層部が閉鎖的な空間で時間を過ごすことをやめさせたのです。
ルイス・ドレイファスのオフィスも常にドアを開け放した状態にして、会社の重役達が開放的な気分で仕事をする環境へと変貌していきます。
さらに、今後ブランドがますます国際化していくことを念頭に置いて、社内の職務上で用いる言語もドイツ語から英語を使うことを奨励します。
そして、よりスポーツ用品会社にふさわしい服装で出勤しようということから、これまで当然とされていたスーツとネクタイに代わって、カジュアルウェアの服装で仕事に励むことに変えられました。
こういった諸々の改革とルイス・ドレイファスの人柄のおかげで社内の雰囲気は短期間のうちにガラっと変わります。
普通ならCEOというポストにいる人間が出席しないような社内ミーティングに顔を出して、一般社員や準社員をドギマギさせたり、靴も履かずにしわくちゃのシャツをまとってオフィス内をうろうろしているドレイファスをアディダス社員は受け入れ、愛したのでした。
「みんな彼のだらしなさが好きだった。寝癖がついた髪や、穴の開いた靴下、机に乗せた足・・・」
「彼がいると楽観的になれるんだ。そこが他の億万長者とは違う」
「細かいことにはこだわらない人で、部下達に決めさせるんだ。つまり社員が好む無干渉経営だったのさ」 |
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なにやら変化の兆しが見え始めたアディダス。
ある社員は言いました。
「アディダスはスーツに身を固めた時代遅れのドイツの会社から、活気があり、国際的でスマートなセンスのいい会社に変貌したんだ」
新しいオーナーを迎えるまでに、アディダスのビジネスの現場ではもがき、苦しみながら様々な改善やチャレンジが試みられていました。
そうした中のいくつかが成果を出しつつある時期でもあり、信頼に足るトップの人材を得たアディダスは、徐々に往年の力を取り戻していくのです。
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・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
―― 次回に続きます。 |
| ※この文は 『アディダス 進化するスリーストライプ』(コンラッド・ブランナー著/ソフトバンククリエイティブ)
の内容に則しています。 |
| 2007/9/26 |
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スポーツの秋が真っ盛りですね。
夏の終わりの世界陸上あたりから、切れ目なくいろいろなスポーツの世界大会が続いていますね。
女子サッカーのワールドカップもあったし、ラグビーのワールドカップ、柔道もありました、レスリングもありました。
僕は競技に関係なく、スポーツは観れるときは観る、という主義でして、テレビで観れる時にはとりあえずは観ます。
おおよそ野球とサッカー以外は、テレビで観れるイコール世界大会というケースが多くなってくるわけですから、問題なくおもしろいんです。
とりあえずは日本を応援すればいいのですから、軸があるわけです。
そうやって観てると、競技それぞれのことがだんだんと理解できるようになってきて、自分なりの楽しみ方もできるようになってくるわけです。
先日のレスリングなんかでも、浜口選手の誤審はかわいそうだったなぁと、ニュースだけを見ていればこれだけで終わってしまうのですが、試合を観ているとまた全然違います。
誤審によって負けた相手が、以前に反則まがいの頭突きで鼻の骨をへし折られた憎むべき相手であり、そのリベンジの場だったわけですから。
そして今度は北京五輪でもう一回この相手と戦う機会があったら熱いな〜、と楽しみが一つ増えてしまったりするわけです。
あとは、プロ野球も大詰めが近いですね。
クライマックスシリーズが複雑です。微妙です。
セパ共に、これほどまでもつれるシーズンも珍しいほど混戦状態で大詰めを迎えつつあるのですが、これがクライマックスシリーズが無かったとしたら、もっともっと、相当にシビレる展開ですよねぇ。
プロが高校野球のような “明日の無い戦い” を始めたら、それはもう迫力ありますからね。もつれた時ほどこれが見ごたえあるわけですから。
クライマックスシリーズは、また別口の盛り上がる機会として楽しみと言えば楽しみですが、複雑です。
とにかく、僕的にはスポーツの秋の集大成をプロ野球の “日本シリーズ” であると位置付けています。シビレたいな〜。
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“GRIPS”
は見ていただけましたか?
FUZZでは珍しく、というか初の国内ブランドですが、やはり日本のものは総合力が
とてつもないですね。
このレベルのバッグをこのあたりの価格帯で展開できるのは、正直、すごいです。
『何かいいバッグないですか?』 という数人のお客様の声への一つの答えなのですが、ヴィンテージ古着などになると、どうしても偶然性や意外性を重んじてしまうケースがある分だけ、こういった合わせやすい、使いやすい、というラインも徐々に充実させていきたいなと思っています。
そうしていくことで、FUZZ全体のバランスもおもしろい感じになっていくと思いますし、古着と現行の混在がもっと楽しく進んでいくと考えています。
それから、 “merc”
の方も新作が届いていますので、関心のある方はチェックしてみて下さいね。
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ー The Story of “adidas”. Vol. 10 ー |
クレディ・リヨネが目をつけた白馬の騎士は生粋のイギリス人、スティーブン・ルービンでした。
スティーブン・ルービンはイギリスの製靴会社 『ペントランド・インダストリーズ』 の社長であり、本物の専門家、しかも本物の大富豪でした。
ルービンは当時大した業績ではなかったリーボックのアメリカ子会社との関係で、大富豪の仲間入りを果たします。
1958年にイギリスで創業したリーボックですが、大きな成長を遂げるきっかけとなったのは、やはりアメリカ市場での成功でした。
リーボックUSAを成功に導いたのは別の人物で、ポール・ファイアマンというアメリカ人です。
ファイアマンはアメリカでの販売権を得て、1980年代に爆発的な成長を成し遂げ、その成長があまりに急激であったために、さまざまな点において無理が生じる事態となりました。
そこでファイアマンはイギリスのペントランド・インダストリーズのスティーブン・ルービンに助けを求めるのです。
ルービンはリーボックUSAに対して、リーボックUSA社株を買い取ることによる資金の提供を遂行しました。
そしてその後10年のうちに、リーボックUSAはさらなる成長を遂げ、アメリカ市場ではナイキに次ぐ2番手の位置まで上り詰めたのでした。
ルービンが買い取った株の価値は途方もなく膨れ上がったことは言うまでもありません。
こうして大富豪となったルービンは、続いてアディダスの買収という案件に取り組むことになったのです。 |
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ルービン率いるペントランドは、まずアディダス株の20%を買い取り、その段階で残りの80%は4ヵ月以内にさらに熟慮のうえ取得するという契約を交わします。
本契約を交わす前に、アディダスの帳簿の精査や社内のいろいろな状況を把握するための時間が認められた契約です。
そして、ルービンは吟味に吟味を重ねた末・・・、
「残りの株の取得は取りやめる」 との声明を発表するのです。
つまり、買収を取りやめ、手を引いたのです。
内情を精査したルービンは、アディダス内部に多数の欠陥を発見し、買収をする気を失ったとのことでした。 |
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決まりかけていた買収の話が流れ、クレディ・リヨネとアディダス本社のショックは大きかったようです。
もっとも後日談ですが、この買収は流れて正解だったという声が一般的な見解であり、アディダスが立ち直った後の話ですが、この時ペントランドの傘下に入らないですんで良かったのだという評価がされているようです。
アディダス・アメリカの社長を経て、その後ペントランド・インダストリーに移ったロディ・キャンベルの談は以下の通りです。
「ペントランドがアディダスをうまく統率できたとは思わない。彼らはイギリスを拠点とし、その優れたライセンシーたちの才能は、本来の専門分野から外れたレジャー用品ブランドの世界で発揮されている。とはいってもスポーツ分野を動かす会社ではないのだ。真のスポーツブランドは二つしかないということを忘れてはならない。つまり、ナイキとアディダスのことだ。」 |
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ルービンの撤退を受けて、アディダス社員の誰もが会社は清算されるだろうと考えました。
クレディ・リヨネは買い手のつかない巨大企業を抱え、途方に暮れています。
しかしです、この後、とうとう本当の救世主が現れるのです! |
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
―― 次回に続きます。 |
| ※この文は 『アディダス 進化するスリーストライプ』(コンラッド・ブランナー著/ソフトバンククリエイティブ)
の内容に則しています。 |
| 2007/9/17 |
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3連休はいかがでしたか?
遊んで、休んで、3日目の夜は、来週のお仕事がちらつき始める感じですか?
僕も会社勤めの経験がありますが、3連休の最終日は、出かけてもちょっと早めに帰ったりして、なんとなくディフェンシブに過ごしたものでした。
仕方ないですよね〜。
だけど次の週末も3連休ですからね。うらやましいです。 |
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先日発表された 『anan』 の恒例、おしゃれな男ランキング。
もちろん有名人です。
1位 木村拓哉
2位 オダギリジョー
3位 亀梨和也
4位 成宮寛貴
5位 松本潤
おっと、キンキキッズの堂本剛が入っていませんね。どうしたんでしょう。
5位までをみると、系としては意外とバラつきがあるのがわかります。
あくまで僕の個人的な印象ですが、木村拓哉はどちらかというとアメカジからストリートに寄った感じ、オダギリジョーはヨーロッパに近くてアーティスティクな印象、亀梨和也はなんとなく
“お兄系” 寄りのハードな印象です。
成宮寛貴は若者のファッションリーダーとしてオールマイティなスタイルで、松本潤はキレイ系。
あまりテレビを観ないので間違っているかもしれません。しかも僕に残っている情報が古いため、的を外してしまっているかもしれません。。。
実際に芸能人のファッションを参考にするのかは別として、女子達はどんな人を
“オシャレ” と思っているのかを知るのはちょっとおもしろいですよね。
ちなみに、『好きな男』 の方はこうなっています。
1位 木村拓哉 ・ 2位 福山雅治 ・ 3位 中居正広 ・ 4位 岡田准一 ・ 5位 松本潤
いや〜、ジャニーズ、強いなぁ。
しかも息が長いなぁ〜。
木村拓哉の1位は14年連続だそうです。
相変わらず世の中の “モテ” はジャニーズを中心に回っているようです。
テレビを観ていても、ドラマ、バラエティ、ニュースにまで広く展開する猛者ぞろいであるため、気を抜くと不意にジャニーズを見させられているケースが多々あることにも気付きます。
話がそれていますが、結論もないのでそのまま終わります。
最後はアディダスのお話です。
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ー The Story of “adidas”. Vol. 9 ー |
1985年の時点でアディダスは売上の面で、まだ業界トップの座を守っています。
しかし、業績悪化は歯止めがきかず、1990年になると、シューズ業界で重要な位置を占めるアメリカ市場において、ナイキのシェアが約30%、リーボックが約20%を誇るなか、なんとアディダスは2.9%まで落ち込んでいるのです。
ナイキの10分の1です。
この時期、アディダスの幹部がこのような自慢をしていたそうです。
「ナイキの認知度が40%に対して、アディダスは90%の高い認知度を持っている」
つまり、肝心な認知度の中身、内容に大きな違いがあったということですね。
そして1987年、ホーストの死去を機に、アディダスの衰退はさらに加速していき、1991年には給料支払い義務不履行の寸前まで追い詰められるのです。
まさに崖っぷち。
それまで業績不振でありながらも経営体質の改善を図らず、非効率的で的を外していた経営習慣をドラマチックに変えていかなければならない時がやってきたのです。
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スティーブ・ムーアという人がいます。
ムーアはナイキとアディダスの両社で働いた経験を持つ人物で、ナイキの成長に尽力し、アディダスの再生に力を振るうという経歴を持っています。
そのムーアが言うには、「アディダスは文字通りアメリカを支配下に置いていた。アディダスは短期間にアメリカ人にとって必須アイテムになるほどの成長を遂げた。70年代はアディダスの時代であった。」
と言っています。
フィル・ナイトとムーアが、ナイキの成長にどのような方法をとったかというと、それはプーマと同じようなやり方でした。
それはアディダスより大きく力が劣るという状況での “アンチ・アディダス” 的な方法論です。
「ナイキは成り上がりブランドの非行少年。アディダスは権威を持つ父親的存在。この2人が仲良くできるはずがない。アディダスは80年代半ばまで、ナイキの存在に目もくれなかった」
とムーアは語ります。
アディダス打倒がモチベーションとなり、近代的な戦略を駆使して戦ったナイキは、驚くほどの短期間でその目的を果たすのです。
アディダスが正統派ブランドであるのは周知の事実。ナイキはややもすると横柄だとも捉えられるようなブランドイメージを創り上げ、若者に
“ Cool ! ” と言わしめることに成功したのです。
この大逆転劇の背景には、『時代性』 という大きなキーワードが見てとれるわけですが、それをしっかりと把握して活かすということが、どれだけビジネスにとって大きな要素となるのかを決定的に示した事例と言えるようです。 |
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さて、とうとうどん詰まりの局面を迎えたアディダスは、経営再建に向けて、新たな旗手を探し求める作業を始めます。
自力で経営することが困難になってしまったため、社長になってくれる人材を探すというより、お金を出してくれる人物(買収先)を探すと言った方が適切です。
債務にまみれたアディダスを買い取る企業はなかなか見つからない状態で、こうなると企業というよりも、債務を承知で、潤沢な資産を持った、経営手腕に富んだ、野心に溢れた実業家、という都合の良い条件の人物を探すことになったのです。
そしてまず初めに決まったのが、悪名高きフランス人詐欺師、ベルナール・タピという人物でした。
このベルナール・タピという人物、とんでもない悪党なだけで、アディダスのためにプラスになるような実績は残していません。
フランス人のタピはナイトクラブの歌手から起業家に転進、立身出世を果たすと、名門サッカークラブのマルセイユの会長になり、フランスの財界で名の知られる存在となっていきます。
その後、ミッテラン大統領時に閣僚の経験までしているのですが、フランスサッカー界にその名を残した八百長事件を起こし、その正体は
『欺瞞に満ちた脱税者』 であったということです。
不正な資金繰りによって企業買収を繰り返し、資産を吸い上げて売却するといった手法で成り上がっていったタピですが、日本にもちょっと似たような例がありましたよね。
株式分割によって株価を上昇させ、株式交換によって企業を次々に買収、そして不正会計で疑獄 ・・・、というあの人物がチラっと頭をよぎります。
どこの国にもいるんですね。
アディダス買収時にはタピは充分に怪しまれてしかるべき存在でしたが、得意の政治的な裏工作よって資金調達に成功し、また、ドイツの伝統企業であるアディダスの買収ということで、フランスの威信がかかっていたという情勢も買収劇の追い風となっていたようです。 |
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タピがアディダスで残した実績は特筆するものはありません。
ルコックやポニーを早々に売却したばかりで、企業体質を改善するであるとか、画期的な改革を遂行したということもなく、アディダスの中身は苦しい状況のままでした。
結局、出資したフランスの銀行、クレディ・リヨネがタピに融資の返済を迫り、所有権を放棄させることになったいうのが結論となるのです。
これが1992年のお話。
こうしてタピから取り上げた形となったアディダスの所有権はクレディ・リヨネが手にすることとなりました。
新オーナーとなってしまったクレディ・リヨネ。早速、再建に向けて次の救世主を探す作業を始めます。 |
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―― 次回に続きます。 |
| ※この文は 『アディダス 進化するスリーストライプ』(コンラッド・ブランナー著/ソフトバンククリエイティブ)
の内容に則しています。 |
| 2007/9/7 |
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台風が秋を運んでくるこの季節、お店が地下にある FUZZ ではいつもハラハラさせられます。
もっとそ〜っと運んでくれればいいのにって思っても、自然は甘くありませんね。
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マイブームの図書館通い、まだ続いています。
そのせいで、ここ最近は半端ではない読書量となり、秋を先取りしている気分なのです。
ただ、だんだん読まないで返す率が上がり、さらに借りる本の半分程度にマンガが混入してきたこともあり、どうやらこのブームもそろそろ終わりを迎えそうな気がしています。
いや〜、それにしても、『カムイ伝』
がおもしろい。
借りてくるんですよ、これも。
有名ですけど、なかなか読んだよって人は少ないですよね。
現代のマンガには無い魅力に溢れていて、不思議なおもしろさを持っています。
江戸時代のお話なんですけどね、これが農民や被差別階級の人々の生々しい生活からしっかりと描かれているのがすごいんです。
テレビや映画の時代劇の世界というのは、たいていが武士や大名の世界であって、武士道の美しさ、潔さなんかを主題にしたもの、またはかなり上の立場の人々による政略とかかけひきなんかを主題にしたものがほとんどです。
現代のエンターテイメントとしてウケがよさそうな要素を小さくピックアップして作品にしている感じですよね。
それに比べると、『カムイ伝』 はスケールが大きい。
なんとなくしか知ることができなかった貧農の暮らしぶりや、農民の怒りの矛先となるべく意図的につくられた被差別階級層の人々の生活をベースにして、忍者や剣豪や豪商なんかも描かれているので、江戸時代の社会がまるごと詰まっている感じなのです。
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いろいろなことを考えさせてくれるパワーに満ちた作品であり、同時に歴史を知るための優れた文献とも言える不朽の名作。
そしてこの 『カムイ伝』、 1964年から描き始められた作品らしく、いまだ未完であるとか ・・・。 |
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そんな感じで、読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋と、各業界の思惑を多少は感じるスローガンの下、人々は秋を感じ始めながら、秋らしい活動に励みます。
“○○の秋” が参加自由ということにすると、“ファッションの秋” というのもなかなかそれらしくていい感じだとは思いませんか?
是非考慮に入れていただいて、少しテンションを高めにしてお買い物に精をだしてもらえたら幸いです。
実際、FUZZでも秋の入り口のこの時期くらいからでしょうか、ご来店されるお客様が少しづつ増えていき、商品を物色する皆様の目の色に本気度合いが増していることを感じるのは事実です。
やはりお買い物だけじゃありませんが、何事にも本気度を ググッと上げて、真顔で取り組んだ方がおもしろいし、後になっての充実感も違ってきますからね。
そんなわけで、のんびりと、しっぽりと、お買い物を楽しみましょう♪
なんとなく秋というのは急いだりしないイメージですからね。
ゆっくりと、味わって。
もちろん、FUZZでも楽しんでいただけるような準備を精一杯していきますので。 |
とりあえず、まずは
“GRAB
IN HOLLYWOOD” のカットソー あたりを物色されてみてはいかがでしょう?
そしたら羽織るもの、ジャージ
に行こうか、テーラードジャケット
に行こうか、、
な〜んて感じで(笑)。 |
| とにかく、温泉に行こうか、新しい洋服を買おうか迷っているような人には、『新しい服を買って、それを着て温泉に行く』
ことをお勧めして締めくくりたいと思います。 |
| 2007/8/30 |
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8月も終わりに近づき、少しづついろいろな気配が変わってきましたね。
気候もそうですが、会社の仕事なんかも様子が変わってくる時期ではないでしょうか。レジャー産業を除いた多くの業界で、閑散期から繁忙期へ移り変わって行く今からしばらくの期間は、夏疲れ的な身体面の心配も含めて、気持ちの面でもちょっとした切り替えをしてかなくてはならない期間ですね。
『心と身体の切り替えのためのお休み』 として、改めてまとまった連休が欲しいところですよね(笑)
うらやましいのは大学生。ここから本気になって遊ぶ人達も大勢いることでしょう。
人々が浮かれる真夏の期間にアルバイトでガッチリと稼ぎ、9月になったら、
いざ海外へ!なんて人もいるのではないでしょうか。 |
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我々もこれからが繁忙期になることを願いつつ、日々精進しています。
相変わらず、色々なところから色々なものが届くので、息つく暇も無いのが現状です。加えて、この時期は各ブランドが来年度の春夏シーズンのコレクションを開催するということもあり、展示会巡りというお仕事も増えてしまうのです。
けれども、古着も新品も新しい商品が届いたりすることはうれしいことですし、展示会を巡るのも基本的には楽しい作業です。
なので基本的に僕らの仕事は、忙しくなればなるほど楽しくなっていくのです。
同年代の友人に羨ましがられる最大のポイントがここなんですよね。 |
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さて、その色々なところから届いた色々なもの。
少しづつですが着実に、という具合で次々と店頭やオンラインショップにご紹介しています。
ここで軽く触れておきますね。
まず “Gola”
の “Vivid” なんかはいかがでしたか?
まだ登場したばかりですが、常連のお客様などからの評判はなかなかイイです。
まだ “Gola” に触れていない人達にとっては、 このモデルで “Gola” を好きになってもらえるのではないかな、と僕らは考えています。
まだの人は是非ご覧になってみて下さい。
それから、突然1品だけ現れた謎のブランド “mushroom”
。
面白いカットソーはないかな、と探していて見つけたアメリカのブランドです。
僕らの本線であるヨーロッパ系にはちょっと無いタイプのナチュラルな風情の着流し系のカットソーです。
七分丈のお袖なので、これからの季節に調度良いと思います。
“panzeri”
の長袖カットソーはいつも通り渋い働きをしてくれそうですし、おなじみの
“Ben
Sherman” は今シーズンはいつも以上にシックな雰囲気が満載です。
届いたのは現行製品だけではなく、ロンドンから古着の方もバッチリと。
なんと “Belstaff”
のトライアルマスター のデッドストックも一着手に入りました。
以前から店頭に出ていたもう一着と合わせてご紹介しています。
これはもうカッコイイです。『間違いない』 といったあたりの表現がピッタリですか。
いずれにしても、なかなか出ないものなので、ご興味のある方は是非とも。
ロンドンから届いたのは、レザーブルゾンやライダースJKT、あとは更新した革靴、
ベルト、などなどで、フランス古着と合わせて今後紹介していきますので。
それでは最後にアディダスのお話の続きです。
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ー The Story of “adidas”. Vol. 8 ー |
「頂点に立つのは難しい。だがトップの座を守る方がはるかに難しい」
スポーツの世界で使い古されたこの格言の例にもれなかったアディダスは、1980年代の末期頃から低迷状態に陥ります。
その理由には多くの事が挙げられますが、真っ先に挙がる懸案が生産拠点に関するものでした。
競合他社は生産コストを低減するために、労働賃金コストの安いアジアに生産拠点を移しているのに対し、アディダスは80年代に入ってもしばらくの間、ほとんどの製品をヨーロッパ内で製造していたのです。
詳しい人なら、80年代のアディダスのジャージやスニーカーなどの製品に、フランス製や西ドイツ製などが多く存在することを知っていると思います。
今となっては古い時代の品々を楽しむ我々のような人種からすれば、それがうれしいポイントの一つになっているのですが、
実は当時では、それがアディダスの経営を圧迫する大きな要因になっていたのです。
アディダスに代わってトップの座を奪ったのはどのブランドでしょう。
もちろんナイキです。
ナイキは1971年の創業時からアジアに生産の拠点を置いています。
コスト管理と品質管理のバランスの良さ、センスの良いマーケティングの力で急速に業績を伸ばしたのがアメリカブランドのナイキです。
一方、アディダスではコストの意識は低く、デリバリーシステムの非効率、組織運営の非効率などもあり、ズルズルと業績を悪化させていったのです。 |
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ナイキの創業者はフィル・ナイト。
ナイトがスポーツシューズ業界に身を投じるきっかけになったのは、なんと日本を訪問した時なのです。
日本で目にしたオニツカ・タイガーのシューズをアメリカで売りたいと思ったことから端を発して業界に飛びこんだナイトは、ナイキ創業まで、オニツカタイガーのアメリカ代理店的な活動をしていたのです。
数年後にナイキを立ち上げるのですが、まずは日本や台湾から商品を仕入れながら、アジアを拠点とする生産体制を整えていきました。
そして創業当初から、どうやらナイキにとって良い風が吹き続けたようです。
1970年代の頃から、アメリカでにわかに広まり出したジョギングブーム。また、その流れでアメリカ全土はランニングシューズブームへと発展します。
ナイキへの追い風の最も大きな要因は、何と言ってもアディダスの “ていたらく”
なわけですが、この社会現象をナイキはしっかりと自分のものにします。
アスリートに向けた製品では当時はアディダスにはかないません。けれどもアメリカでは 『一般人の軽いジョギング』
というニーズが生まれ、それまでアメリカでもトップの座に居たアディダスよりも上手にそのニーズに応えたのです。
昔かたぎのアディダスは、一般用のジョギングシューズのニーズを見極められず、トップアスリートのニーズに応えるのに夢中になっています。
一方ナイキは、一般人のランナーが一般道を走るにあたっては、年齢層によってはソフトな感触のもの望んでいるのではないかと察知して、ニーズに合ったジョギングシューズを開発します。
このジョギングブームから始まった流れは、スポーツシューズブランドにとって、新しい大きな流れの始まりだったようです。
アメリカの人々は、ランニングシューズをあらゆる場面で履く習慣がつき、その後はランニングシューズにとどまらず、様々なスポーツシューズが一般生活において、時にはファッション的な要素も求めて利用されるようになったのです。
この時代の流れはスポーツシューズ業界のそれまでの常識を覆すような力を秘めた重大な変革だったと言えるでしょう。 |
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この現象はマーケティングの面でも大きな変化をもたらします。
当時定着していたアスリートを媒体にした広告手法が、ほとんど価値を持たないものになってきたのです。
ファッションアイテムとして、自分の靴箱には数足のスニーカーを保持したいと思うようになった一般人は、テレビに映る有名人がどんなブランドのどんなシューズを履いているかに興味を持つようになりました。
これは競技を目的としないスポーツシューズのニーズが生まれたわけですから、業界としてはパイ自体が大きく膨れ上がるという願ってもない現象です。
皮肉にも、そんな現象のきっかけを作り上げたのは、スポーツそのものを一般人のためのエンターテイメントとして盛り上げたホーストの手腕でありながら、アディダスだけが享受できずに取り残された格好となったわけです。
まだアディが現役で、そのような流れが生まれ始めた頃、アディは他社の新作のシューズを取り寄せてはじっくりと観察し、品質的に問題にならないと安堵していたということです。
問題が全く別のところにあるのは明白だったのにもかかわらず。
そして王様気分を続けたアディダスはナイキに追い抜かれ、他の数社にも追い抜かれ、ぬきさしならない状況に追い込まれていくのです。
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―― 次回に続きます。 |
| ※この文は 『アディダス 進化するスリーストライプ』(コンラッド・ブランナー著/ソフトバンククリエイティブ)
の内容に則しています。 |
| 2007/8/17 |
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カンカン照りの毎日、猛暑を超えて酷暑という日々、元気に過ごせていますか?
とにかくアスファルトの照り返しがものすごいので、道路の上が一番暑いように思えます。 陽を遮るものがない道路を歩いている時が一番辛いですよね〜。
さすがにぼちぼち落ち着いてくるはずですが、それはそれで少し寂しい気がしてしまいそうです。 |
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またまた “Ben Sherman” の新作が届いています。
今回はジャージ、3色1型と1色1型、サーマル地のパーカが3色で1型。
ジャージもパーカも “Ben Sherman” ならではといった感じの、シンプルでありながらもブリティッシュなインパクトを備えている名作だと思います。
3年前から扱いを始めた “Ben Sherman” ですが、シーズン毎に扱いの品数も増やすことができ、最近では皆様にしっかりとその良さをお伝えできてきているのかなと実感しています。
FUZZで “Ben Sherman” を知って、お求めになって、ファンになった、というお客様も何人かいらっしゃいますが、これが一番うれしいです。
“Ben Sherman” の多くのアイテムを見て感じ取れるのは、ブランドの立ち位置が常に “ROCK” と近い位置にいることで、UKロック的な品のある、スマートな躍動感を持っている点、またそれでいてブリティッシュブランドならではの上品さ、華麗さをさりげなく感じさせてくれる点、などの魅力が挙げられますが、単品単位で見てみると、要はかっこよくて使えるアイテムが多いんです、簡単な話ですが。
是非お試しになってみて下さい!
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ー The Story of “adidas”. Vol. 7 ー |
| さて、前回はホーストの偉大な業績を簡単にご説明しましたが、ホーストと言えばもう一つ、重要な業績として、
“アディダス・フランス” の設立が挙げられます。
1958年、フランス東部のランデルシャイムという町に設立しました。
ここでホーストは素晴らしい手腕を発揮して、後の大きな舞台に踊り出る実績を積むのです。
例を挙げると、それまでほとんどシューズ専門メーカーであったところを、スポーツウェア、テニス関連製品、サッカーボールなどの分野へ積極的に進出したり、さらに、“ルコック”、“アリーナ”、“ファソナブル”、“ポニー”
という数々のブランドを立ち上げたりもしています。
“ルコック” や “ポニー” がアディダスから生まれたブランドだということは案外知られていませんよね。現在ではそれぞれ売却され、それぞれ別の企業体として運営されています。
ヴィンテージのルコックにスリーストライプの入っている製品が存在しますが、そういう理由でありうるわけです。 |
| さらに、現在でも人気のあのスニーカー、“スタンスミス”
もホーストの手によってアディダス・フランスから出た製品です。
やはり、 発売当時からベストセラーだったようです。
スポーツウェアに関して言えば、現在では “ワールドマーク”、“ファーストロゴ” などと呼ばれるトレフォイルマーク以前のジャージなどがフランス社の初期の頃の代表的な製品ですが、いわゆるフランス社設立当初のプロダクツである
“made in FRANCE” のアディダス製品によってフランス社は快進撃を始めたということが言えると思います。
現在、“made in FRANCE” のアディダスが、単に “高級イメージのフランス製” とか、フランス製はだいぶ昔のものだから今やあまり手に入らない、などの理由だけで人気があるのではなく、まさに当時それらを製造していた会社そのものが活気があって、ノリが良くて、勢いがあってということだったので、それがそのまま製品に乗っかっていると言うか、そういう元気みたいなものを表してしまっているところがあるのだろうなぁ、なんて思います。
“レア” プラス、“かっこいい!”、プラス “何か”、ということでヴィンテージ的な価値は高まっていくもので、最後の
“何か” は偶然性に富んでいて、それでいてはっきりとは感じ取れない、理屈ではない何かなのかな、なんて考えてみたり。
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設立後、すぐに軌道に乗ったアディダス・フランスは、快進撃を続けます。
フランスの人気スポーツであるサッカー、ラグビーの分野では、アディダス製品で溢れかえる状態になり、フランス社はほどなくしてドイツ本社と同じような規模を誇るほどになるのです。
アディダス・フランスがあまりにも好調なため、アディダスとはフランスの会社だと勘違いする消費者や取引業者もいたほどだったそうです。
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フランス進出を果たし、順風満帆に見えたアディダスに暗雲がたちこめるようになったのは、フランス進出を果たしたことが原因だったとも言えるでしょう。
アディダス・フランスの好調により、ドイツ本社とフランス社は同程度の規模となり、なんと、あろうことか、お互いをライバル視するようになってしまうのです。
ここでもダスラー家のアクの強さが垣間見れるのでが、要はアディと妻のケイトを中心として切り盛りするドイツ本社とホーストがトップになって敏腕を振るうフランス社の性格があまりにも違ってきてしまったのです。 |
靴職人としては超一流だったアディですが、経営という面においては息子のホーストに遠く及びません。
ホーストがアディから離れたことで、アディ夫妻の経営判断によって進まざるをえなくなったドイツ本社ですから、当然、硬直してくるところがいろいろな面で出てくるのです。なにせアディは頑固一徹の職人肌ですからね。
時代の移り変わりを的確に読み、スピードと柔軟性をもって経営していくホーストに対し、『良いものは良い、譲れないぜ』
なアディとではあまりにも違います。
例えば、ライバル会社が次々と現れて、価格競争が激化してきたりすると、生産拠点をアジアにしようか、などという経営判断に迫られます。
アディはもちろん 『もちろんノーだ、任せておけるか』 です。
素晴らしい。素晴らしいのですが、これは大きな企業体がとる判断としては間違いなわけです。
そうやってきたから成功してきたわけなのに、成功したらそれができない。
それは本当に難しい経営の機微なのでしょうが、後々も成長していく企業の経営者なら気付かなくてはいけないところなのでしょうね。
ホーストにはそれが分かりますが、アディには無理なのです。
そうやって違った方法論で成功していくホーストに対し、ライバル心を抱くようになっていくわけです。
プーマをライバル視することは会社にとってプラスですが、同じアディダスで本来協力して戦略を立てていける相手をライバル視するのはマイナスだったということでした。 |
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そうこうしているうちに、ホーストは前回のお話で出てきたオリンピックやワールドカップ関連のプロジェクトに携わりはじめ、ISLという自身の裁量でつくった会社の業務にも追われ始めます。
そしてホーストのおかげでさらなる盛り上がりを見せるスポーツ業界には、当然、同業のライバルが増えてくるのが経済の摂理なわけです。
グローバル市場で複数のライバル会社がしのぎを削るなか、王者であるはずのアディダスは、ホーストの不在がちなことも手伝って、ドイツとフランスの身内同士で足の引っ張り合いをしていたことになるのです。
そういう状況の下、アディダスにとって厳しい時代を迎えることになっていくわけですが、時代はものすごい速さで移り変わっていたために、それでも勝てるほど甘い世の中ではなくなってきていたということですね。 |
| “冬の時代”
がすぐそこまで来ている状態です。 |
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
―― 次回に続きます。 |
| ※この文は 『アディダス 進化するスリーストライプ』(コンラッド・ブランナー著/ソフトバンククリエイティブ)
の内容に則しています。 |